アウトプットするということ
昨今急速に広まってきているTwitter。
ラテ欄にもツイッターとの表記がかなり多く見るようになりました。
もちろん@skuareって感じで使っていたりするわけですが・・・
使い始めてからめっきりブログを書かなくなりました。
原因は気軽にアウトプットした"気"になれるからだろうと。
"気"と書いたのは、やはりTwitterは手軽にアウトプットでき、あまり考えることがないと思うからです。
気になったURLに一言「ほむ」と書いてツイートする。
そこには、人としての考えが現れにくいし、責任が見えにくい。
それじゃあいけないだろうと、このごろ強く思うのです。
先日読んだ本「小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功」には、採用するなら文章が書ける人とありました。
これは至極当然な話で、文章を書けるということは、内容を整理して、起承転結を論理的に組み上げることができる人だからです。
また自分の書いたものに責任を持たなければいけないため、調査を行い、間違いがないことを入念に確認する。
それが出来る人は結果として、仕事ができる可能性が高い。
やはり社会人としては、他人に見せられる文章を作り上げる能力が必要でしょう。
話は変わりますが、昔受けた新卒の試験で三題噺という課題が出されました。
三題噺とは、落語の一つで、客から出された題目3つを折り込んで即興で演じる落語です。
そしてどれかを「サゲ」というかオチに使わないといけません。
いきなり出されたお題を使って話を作り上げ、しかもオチをつける。
これ以上難しい課題はないのではないでしょうか?
世の出来事には、何が起きるか事前にわからないのが常です。
それこそ、日々の生活が三題噺のような状態です。
だからこそ、考え、責任を持ってアウトプットする。
こんな世の中だからこそ、今アウトプット能力が求められているではないでしょうか。
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